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陸上/10000m・マラソン

渡辺 康幸 yasuyuki watanabe

アトランタ五輪10000m日本代表

1973年生まれ。千葉県出身。市立船橋高校時代、インターハイ1500m、5000mで優勝、10000mで高校記録を樹立。その後、早稲田大学へ進み、95年世界選手権大会1000mに出場、学生記録を更新。同年、福岡ユニバーシアード大会10000m金メダル。96年アトランタ五輪10000mにも出場した。95年世界選手権大会10000mで樹立した27分48秒68の学生記録はいまだ破られていない。

渡辺康幸

レース前になると不安にかられるような余計なことを考えがちなので、
暇な時間をなくすような工夫をしています」

暇な時間をなくして不安をかき立てられるようなことを考えない

――渡辺さんと言えば、箱根駅伝での活躍ぶりがたいへん印象的ですよね。ああいった大舞台では緊張の度合いもかなり大きいんじゃないでしょうか。それにあのときはマスコミから「早稲田の怪物」と言われて周囲の声もかなり気になったと思います。渡辺さんなりの緊張解消法があったら教えていただけますか。

 そうですね、僕の場合は練習のときの走りの調子で、緊張の度合いが大きく変化するんです。調子がいいときは、精神状態が安定していてまったく緊張はしませんね。逆に調子が悪いときや体のどこか、たとえば足が痛いときなんかは緊張します。「こんな調子で、レースはいったいどうなるんだろう」ってもういろいろ考えて不安になります。
  以前は、調子が悪いときには禁酒とかを自分自身に課したりしてましたよ。そうすることで、これだけのことをしてるんだからレースは大丈夫って思おうとしてたんですね。
  でも最近は自分なりの緊張解消法を見つけたんです。僕の場合は、レース出場の1週間前から調整のために会社を休まされるんですね。すると日常生活の中で暇な時間が増えてしまうんです。昔は寮生活だったんで、誰かがいつも僕のそばにいたんです。そうすれば孤独感も感じないし、話す内容もレース以外のことが多くなるので、気が紛れていたんですね。「仲間がいる」という安心感も大きかったと思います。でも今は一人暮らしなので、暇があって、しかも一人きりなわけですよ。こういうときって、ついついレースのことだけを考えてしまうんです。ああでもない、こうでもないって。でもこういう状態のときってろくなことを考えないものですよね。不安な要素ばかり浮かんできて「自分はダメなんじゃないか」って思ってしまうんです。後で冷静になって考えてみると「そんな不安になるほどのことでもなかった」って感じなんですけどね。
  そこで考えたのが、要するに暇な時間、つまり余計なことを考える時間をなくせばいいんだということなんです。それは何でもいいと思うんですけど、たとえばパチンコでも、読書でも、ゲームでも、やりたいことでレース以外に熱中できることをして時間を過ごせばいいと思いますね。

レース直前は人となるべく話すようにして、余計なことを考えないようにする

――でも試合直前にはレースのことで頭がいっぱいになってしまいますよね。そうなると不安になられるときもあるんじゃないんですか。そういったときにはどうしているんでしょうか。

 僕は、人と会話をするようにしています。話すことで気が紛れるんですよ。話す内容はくだらない話でもいいし、話す相手は誰でもいいんです。ライバルと話すこともありますよ。学生時代の箱根駅伝のとき、タスキを受けるのを待っている間、一人でじっとしていると「大丈夫か、抜かれるんじゃないか」って心の不安の声が聞こえてきて緊張してきたんです。このままではマズイと思ったので、ライバルと話をしたんですね。「あの沿道にいる女の子カワイイね」とかレースとはまったく関係のないことでした。お互いに笑いながら「いや、あっちの子のほうがいいよ」なんて言い合っているうちに緊張してたことも忘れてました(笑)。まあ、これも話のほうに意識を向けて頭でレースのことを考える余裕を与えないっていう方法なんですが、これはレースに対してマイナスの雑念がわいてくるようなときはいい方法だと思いますよ。

――レーススタートに向けてどのように集中力を高めているんでしょうか。

 集中力の高め方って僕も含めて日本人選手がもっとも苦手とするところなんです。
  外国人選手は、本当にレース直前まで他の選手たちをつかまえて自己中心的にベチャクチャよく話しまくるんです。でもいよいよレースだってときには急に自分の世界に入るんですね。そのときこっちが逆に話しかけると、もう真顔で怒るくらいなんです。リラックスしていた状態から集中した状態への移行がものすごく早いんですよね。
  僕も話すことでリラックスするほうだからわかるんですが、日本人はその切り替えが下手というか、逆にそのリラックス状態を引きずってしまうんです。だからレースがスタートしてもすぐに集中力を高められないんですね。だからそれをなるべく引きずらないように注意していました。
  外国人選手は急速に集中力を高められるんです。ついさっきまでゲラゲラ笑ってたかと思うと、急に自分のペースで目を閉じて自分の世界を築いてますから。本当にしたたかですよね(笑)。何も考えず外国人選手に合わせて話をしていると、完全に相手ペースに引きずられてしまうんですよ。

トップ集団から落ちてしまったら完全にアウトだと、自分を追い込んでレースをする

――レースを迎えるにあたって、心理的に工夫していることはあるんですか。

 ふつうマラソンランナーって腕に時計をつけてますよね。でも僕は絶対につけないんです。僕は絶対にトップ集団にいるから、先導車の後ろに表示させる時計を見られるから必要ないって心に決めて出場しますので(笑)。
  無鉄砲と言われても、自分にそう言い聞かせて自分を信じてレースに出るようにしています。ランナーにとって時計は生命線ですから、もし僕がトップ集団から落ちてしまったときはもう完全にアウトです。考え方としては、まさにオール・オア・ナッシングですね。生命線をあえて切り捨てることで、心の中に覚悟のようなものも芽生えます。また、走っていて苦しくなっても、もしトップ集団から落ちたらタイムがわからなくなってもうアウトだと思えば、何が何でもくらいつけるじゃないですか。もし時計があれば、途中で1回くらい先頭集団から引き離されても大丈夫っていう心の甘えが出てきますから。あの苦しい状況の中で甘い声が聞こえてきたら、人間って弱いからそっちのほうを選んでしまうと思うんです。弱気は最大の敵ですから。

「35キロの壁」なんて考えない。それを考えることが自分の限界を作ることになる

――マラソンは30キロくらいから最高に苦しくなるそうですが。よく「35キロの壁」なんてことも言われますよね。そんなレースの山場ではどんなことを考えているんですか。

 僕は大体35キロ地点から心身ともにきつくなりますね。でも僕自身はそれを事前に考えないようにしているんです。
  仮にですよ、自分でレース直前から35キロあたりが山場で絶対に苦しくなるって考えたとします。するとですね、35キロ地点が近づくにつれて心の中で不安感が大きくなりますよね。「あと少しでデットポイントだ」って具合にです。それが心を支配してくると、本当は体は何ともなくても、苦しいような気がしてきて最後は実際に苦しくなってしまうんです。それは自分の心とからだに、自分が勝手に作り出した35キロという限界を与えているようなもんだと思うんですよ。だから僕は意識して自分の限界を作らないようにしているんです。

――選手の多くは他人が作った限界や常識や言葉に影響を受けるものですが、それらに惑わされないためにはどうしたらいいんでしょうか。

 僕は根拠のないことには惑わされないようには気をつけてますね。もし30キロくらいから苦しくなる選手が多いとしても、それは他人事であって自分には関係ないと思ってますから。
  そう言えば、前に医者にヘルニアって診断されたんです。そのときに僕はまったく落ち込まなかったんですね。そうしたら医者が「ヘルニアって言われて落ち込まない人は初めて見た」って言われたんです。まあ、痛いわけじゃなかったっていうのもありますけど(笑)。でもヘルニアになるとダメなんだって限界を作って「僕はヘルニアなんだ。どうしたらいいんだ」って考えてしまうと、実際に痛くなくても本当に痛くなってしまうものです。
  とにかくその限界に心を向け過ぎてしまうともっと悪い方向に行ってしまいますから、そういったことは耳を貸さないくらいの心持ちが必要なんじゃないんですか。

VTRなどを使って、調子のいいときの練習を思い出すような工夫をする

――そうはいっても調子の悪いときなどは気持ちも落ち込むとは思います。そんなときはどのようにして心理面をコントロールしているんですか。

 スランプのときは、練習日誌を見たいと思いますね。僕は日誌をつけるタイプじゃないのでマネージャーとかにお願いしてるんですけど。ときどき自分でも詳しくつけておけばよかったって思うときがあります。そうすれば、調子のよかったとき、どんなメニューを行っていたかとか、そのときの状況や気持ちを知ることができますしね。
  もちろんメニューの内容を再び実践もするんですが、心理面でも「こんな大変な練習を自分はやっていたんだ。そんな自分がこのスランプを超えられないはずはない。自分はやれるんだ」と自分を認め、自信をもつことができます。
  他には調子のいい走りをしたときのレースのVTRも見ます。僕の場合はユニバーシアード大会と箱根駅伝のVTRですね。VTRを使ってイメージトレーニングをするとかではなくて、ただ単に自分自身が自信を取り戻すためだけに使うんです。

――そういったVTRをイメージトレーニングに役立てるようなことはありませんか。

 いや~、イメージトレーニングはしないんですよ。やりたいんですけど、僕はイメージ力が貧困で、そのときのレースをリアルに再現することができないんですよ(笑)。その代わり「調子のよかったときのコースや競技場で、もう一度走ってみる」といった練習メニューを入れてみたいと考えているんです。そうすればリアルにそのときの感覚や気持ちを思い出せると思うんです。それは自分の心理状態をいい方向にかきたててくれる場所に身をおいてみるといい、ということです。だから今度箱根をもう一度走ってみたいと思っています。
  僕自身、無意識のうちに自分の心理レベルを下げる要素を排除しているような気がします。たとえば、練習のとき1周68秒で走っているつもりが70秒だったりすると心理的にガクッときますよね。「ああ、何か今日は調子悪いな」と思ったら、無理せず練習をやめにします。そういうときは、無理してもよくなりませんから。心理的に深追いして、なんとかしようと思って結果的にダメだったら無力感が湧いてきたり自信を喪失してしまったりするんですよ。そうやって初期段階のガクッてところで「今日は終わり。また明日は調子がいいさ」ってやめてしまえばそれ以上の落ち込みを防げますから。

実現可能な目標を立てて、それがクリアできそうになったらまた新たな目標を立てる

――他に気持ちをコントロールするためのアイデアはありますか。レース前に願掛けをしたりとか、いつも決まったことをしているとか。

 そうですね、僕は意外とジンクスは大切にしています。試合当日の朝は必ずコーヒーを飲みます。コーヒーを飲むとなぜか調子がいいんで(笑)。自分の中ではカフェインが頭をすっきりさせてくれるという思いがあるんです。
  それに調子のよかったときに着たユニフォームやシューズを身につけたりしますね。本当はそんなの何の関係もないのはわかるんですけど、安心感もあるし、これをすれば調子がいいんだって思えることが大切だと思うんですよ。

――日ごろの練習ではどうですか。たとえばレースに対するモチベーションが下がっている時期に、行っているようなことはありませんか。

 僕は目標設定を大切に考えていますね。僕は自分の力をしっかり認識してるんです。だから目標設定が今の自分では手の届かない夢のようなことだと、やってる途中で嫌気がさしてバカらしくなってしまうんですよ。「何か現実感がないな。自分じゃ無理だ」と考えてしまうんですね。その目標と現実のギャップが大き過ぎると、無気力感のほうが大きくなってしまうんです。だから僕の場合は、とにかく実現可能な目標を立てるようにしています。それでその目標がクリアできそうになったら、また目標を高めていくんです。
  それと、いったい僕は誰のために走っているのかということを考えるようにしています。もちろん自分のためです。でもそのときどきで都合よく、他人のために走ってるんだとも思うようにしています。調子が乗ってるときは自分のために。走っていて苦しくなると応援してくれてるみんなのためにという具合に。一つのレースの中で状況に応じて切り替えていくんです。自分一人のためだと自分でも妥協もできるじゃないですか。そういう意味では苦しいときには、「期待してくれているみんなを裏切れない」というように考えるようにして、時計の話と同様、自分を逃げられないように追い込んでいるんですね。僕は心理面で、自分を追い込んだり、解放したりするのが得意だと思っています。

《高畑好秀著「メンタル強化バイブル」(池田書店 1999年)より転載》



メンタルトレーナー高畑好秀プロデュース