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陸上

渡邉 高博 takahiro watanabe

バルセロナ五輪400m日本代表

1970年生まれ。愛媛県出身。新居浜東高校時代、インターハイ400mで優勝、高校記録を樹立。その後、早稲田大学へ進み、90年全日本選手権大会400m優勝、90年北京アジア大会400m6位、4×400mリレー優勝。91年世界選手権4×400リレー出場。92年バルセロナ五輪400m、4×400mリレーにも出場した。92年関東学生選手権大会400mでは45秒71の学生記録を樹立した。最後の直線で一気に追い込みをかける走法には定評がある。

渡邉高博

「レース前にはあらゆるレースパターンをイメージしていたので、
どのレースに出場しても初めてって感じがしませんでした」

相手よりも先に声をかけて心理的に自分を優位に立たせる

――渡邉さんは新居浜東高時代には高校記録を、そして早大時代には学生記録を樹立したりと、大きな大会で好成績を残していますよね。レース前などにはあまり緊張しているようには見えないんですが、気持ちをリラックスさせる秘訣とかあったんですか。

 いや、どんなレースでもすごく緊張していましたよ。それは大きな大会でも小さな大会でもまったく変わりませんでした。

 そんな緊張状態を重ねるうちに自然と覚えていった方法なのかもしれませんが、いっしょに走る選手に積極的に声をかけるようにしていました。例えば「最近調子はどう?」とか「今日の4× 400 mリレーは誰が走るの?」とか。気休めかもしれませんが、そうすることで相手よりも自分が優位に立っているように感じるんですよ。実際に優位に立っているわけではないんですけどね(笑)。

――他人を自分のペースに巻き込むという効果もありますよね。

 試合前の緊張状態にいる相手に対して「今日は体が固そうだね」とか「今日はいつもの動きと違うね」と声をかける、いじわるな選手が中にはいるんですよ(笑)。緊張状態のときにそんな言葉をかけられると相手からのマイナスの暗示効果にかかってしまって、動きがさらにぎこちなくなってしまうことがあるんです。だから自分から先に声をかけて、自分が相手よりも優位にあるように振る舞う。それがプラスの自己暗示効果になって、心理的に安心感を与えてくれるんです。

スタート直前、大の字に寝て腹式呼吸をすることで緊張をほぐす

――レース前、例えばウォーミングアップのときなど、緊張をほぐすために意識してやっていたことはありますか。

 ええ、ウォーミングアップは自分の気持ちをレースに集中させていく大切な時間でしたから、いろんなことを意識的にやっていました。たとえば、自分の周りでいい動きの選手を見つけたときには、必要以上にその選手を見ないようにしていました。いや、見ないというより、チラッと見て、「あの選手、いい動きをしているな」と思って、すぐに目を離す、そんな感じでした。

 相手の動きをずっと目で追っていくと、その動きに自分が呑み込まれてしまって、自分が勝つイメージが沸いてこなくなるんですよ。そういう心理状態になってしまうと、イメージをいくら操作しても相手に先行されるイメージしか浮かんでこなくなって、最後には「あいつ、いい記録出しそうだ」なんてことまで思うようになってしまうんです。そうなったらレースを始める前から心理的に負けてしまいますからね。

――ウォーミングアップが終わって、トラックに出てからはどうでしたか。

 正式に入場して公式練習として全員でグランドを流すときがあるんですが、そのときに相手の選手たちがどのような走りをしているか、気に留めておきます。そしてスタート直前、スターティングブロックを調節して、一度ベンチに戻ります。

 その後スタート位置につくまでにほんの少し時間があるので、フィールドに大の字に横たわって腹式呼吸をするんです。回数はだいたい4、5回くらいですかね。頭のてっぺんから肩、背骨、左右の腕、両足という順番で筋肉の力を抜いていきます。大の字になる前はいろいろ考えてしまって、頭の中が雑念だらけになるんですが、この腹式呼吸をすると、そんなモヤモヤがなくなってスッキリとしてくるんです。

――確かに過度の緊張をほぐすために腹式呼吸を実戦している選手は多いですよね。レース前に大きく息を吐いている陸上選手をよく見かけますけど。

でも、ときにはそれでも不安や緊張感が拭い切れないことがあるんです。そんなときは自分の顔を平手でたたくんですよ。思い切りバシッバシッって感じで。顔を真っ赤にしながらスタートについていたかもしれませんね。(笑)

 不安や緊張状態にある意識を一瞬顔の痛みにのみ集めることで、意識の位置をずらすというか、そらせる、そんな効果があったと思います。これは高校時代からやっていました。

思考を停止させるため、 視覚情報だけに意識を集中させる

――スタート直前、そして走っているときにはどんなことを考えていましたか。

 レース直前は思考をなるべくストップさせるようにしました。思考がどんどん発展してしまうと、緊張が高まってしまいますから。たとえば、勝てる、と考えても「なぜ勝てると言い切れるのか」とか「もしかしたら失敗してしまうのでは」という具合に論理的思考が邪魔をしてしまいます。

 そのためにレース前には目に映るものだけに意識を集中させるようにしていました。具体的には「位置について」と声がかかると、5コースにいたとしたら両隣に○○選手と△△選手がいる、目の前にラインがある、その先にはコーナーがある、というように、目に入ってくる実際にある物体に集中してみるんです。それでも思考が頭をもたげてくるようなら、すぐに他の対象物に目を移して、「~がある」と単純に視覚情報にのみ意識を集中させるようにするんです。そうすれば、余計な思考に縛られることはなくなりますから。

自分の動きを細分化して、 それぞれを1コマ1コマイメージする

――渡邉さんは積極的にイメージを取り入れられていると聞いたんですが。

 そうですね。僕は日常生活の中の何気ない動作もすぐにイメージ化する習慣があるんです。たとえば、自転車でカーブを曲がるときの自転車の傾き方とか、駅の階段を駆け上がるときの足の動きなどをすぐにイメージ化してランニングに結びつけるんですよ。「あっ、この動きは走りに生かせるんじゃないか」って感じです。

 言葉で言うのは難しいんですが、その日常の動作をイメージ化したものをランニングのイメージに合体させるんです。まずイメージの中で 400 mを細かく分割します。次に細分化した距離を走る自分の動きの1コマ1コマをイメージするんです。その1コマの動きのイメージの中に今行った日常の動きや角度を合体させてみて、その動きがどんな感じなのかをイメージの中で体感してみます。もし細分化されたその1つのパーツに当てはめてみてしっくりこなかったら、その動きのイメージを他のパーツに当てはめてみるという作業を繰り返していくんです。

 そうやって行く中で「この動きはここに当てはまりそうだ」と感じると、そのイメージを繰り返して頭の中に焼きつけるんですね。そして実際の練習のときに思い出すようにして、そのイメージを再生させて、実際にイメージ通りに走ってみるようにしています。

――かなりシステマティックな方法でイメージされているんですね。

 スランプに陥ったときにも、よくこのイメージを活用します。まず自分の走りの全体的なイメージではなく、体を細分化するようにしています。腕の動き、足の動き、体幹の位置、顔のぶれなど大きく分けた後にさらに細分化していきます。指先の感じ、手や肩口の動き、上腕の動きといった具合にです。

 そしてこれらの細部の動き一つ一つをしっかりイメージします。そうやって細部の一つ一つをいいイメージにして、今度はそれらのパーツの動きのイメージを複合して全体の走りのイメージを完成させるようにしています。

 そうして次に実際にそのイメージ通りに走ってみます。そのときにVTRを使って、自分の走っている姿を録画します。そしてすぐにVTRを再生して自分の思っている走りのイメージと実際の走りの映像を比較してイメージと現実のズレを発見するようにしています。そしてズレのあった体のパーツ情報を再度イメージの中のそのパーツの部分にフィードバックさせるんですよ。そうやってイメージの中で修正作業を徹底的に行うようにしています。

レースの駆け引きのイメージを 100 種類以上想定しておく

――漠然としたイメージではなく、映像のようにかなり明確に見えているようなイメージなんですね。いつもそういったイメージを描いて練習に取り組んでいるんですか。

 オフの期間は今言ったような走りのイメージが中心になるんですが、シーズンに入ると相手との駆け引き中心のイメージに変えていきます。

 駆け引きのイメージはあらゆるパターンを想定してるんで 100 種類以上もあります。8コースそれぞれのスタートからゴールまでのイメージとか。ゆっくりスタートした場合とか、速くスタートした場合とか。想定できる限りのあらゆるパターンをイメージしますよ。

 それに加えて試合当日までいっしょに走る相手がわからないので、架空の相手を7人コースに入れてみて、イメージの中で自分を中心にあらゆる動きをさせてみます。自分がリードして走っている場合や競っている場合などは、よりリアルにイメージしていますね。

100 種類のシミュレーションから、 当日のレースに当てはまりそうなパターンをピックアップ

――頭の中のイメージ映像はどんな風になっているんですか。走る姿がテレビ画面を見るように映っている感じなんでしょうか。

 ええ、走りのイメージはテレビ画面に自分の姿が映っていて、それを見ているようなイメージですね。いわば客観的なイメージです。

 逆に駆け引きのイメージは主観的なイメージです。つまり自分が先を走っているイメージのときにはまさに自分が走っているときに見えている映像で、背後から相手が追い上げてくる足音なんかもイメージの中で感じていますね。

 こうやってあらゆるパターンをイメージ化していると、実際にレースをしても初めての場面という気がしないんですよ。それがどんな状況になってもです。すべてイメージの中で体験しているので、もし相手にいったん抜かれても心の中では「このパターンは経験済みだよ」って思えてあせらず冷静にレースを組み立てていけるんです。

――架空の7人と言われましたが、当日のメンバーが発表された後はどうされますか。

当日はいっしょに走るメンバーや自分のコースが発表された後、ウォーミングアップに入ります。そのときは自分の体の動きに集中しているんですけど、途中水を飲んだり、横になっているちょっとした時間を使って最終のイメージトレーニングをします。

 ウォーミングアップをしているときなどに相手が取り組んでいる練習内容を見ていると、どんな作戦を立ててレースに臨んでくるのかがわかりますから。それに相手の調子もわかりますよね。

 前にも言ったように必要以上に相手を見続けることはありませんが、そういったいろんな要素を考慮に入れて、今まで行ってきた 100 種類以上のイメージの中から「今日のレースはこのパターンだな」というのをいくつかピックアップしてきて架空の選手のところに具体的にいっしょに走るメンバーを入れて、最終のレースイメージを完成させるようにしています。このときのイメージは、スタートラインに全員が並んでいる様子は客観的なイメージですけど走り出すと架空の選手のときのイメージと同様に主観的なイメージに切り替えますね。

 やはりこのような最終イメージに具体性をもたせた調整は大切だと思いますね。

――最後になりますが、レース中に相手がスローモーションの動きに見えたことがあったそうですが。

 ええ、そうなんですよ。あれはバルセロナ五輪の選考会のときだったんですが、いっしょに走っていた高野選手の走りや自分の走りがとてもゆっくりとしたスローモーション映像を見ているかのような動きに見えたことがあったんです。

 よく野球の打者が「ボールが止まって見える」なんてことを言いますけど、まさにそんな感じを体験したんですよ。きっとものすごく集中力が高まっていたんでしょうね。

 以前自転車に乗っていたとき、車にぶつかりそうになったことがあるんですけど、そのときもスローモーションの映像でしたね。たぶん人間は全神経が瞬時にグッと集中するとこういう状態になるんでしょうね。

 意識的にはなかなかそういう状態は作り出せないんですけどね。でもただ一度でも体験すると、究極の集中力とはどういったものなのかが理解できたような気がします。

《高畑好秀著「メンタル強化バイブル」(池田書店 1999年)より転載》



メンタルトレーナー高畑好秀プロデュース