line4.jpg

HOME > メンタルインタビュー > メンタル「西村晃一」

バレーボール

西村 晃一 koichi nishimura

バレーボール、ビーチバレー

1973年、京都府生まれ。小学4年時にバレーボールを始め、中学、高校と全国大会に出場し、花園高校3年時にはインターハイで優秀選手賞を受賞。立命館大学を経て、NECホームエレクトニクス社に入社。第3回Vリーグで活躍するも、97年同部の休部によりNECに移籍。移籍後も目覚ましい活躍を見せ、98年の第4回Vリーグ準優勝に貢献し全日本のメンバーに選出され、98年の世界選手権やワールドカップなどの国際舞台でも活躍する。全日本チームの問題点や自分の課題を冷静に分析して、その解決方法をしっかりと考えている頭脳派選手。
現在は、ビーチバレーの選手として活躍中。

西村晃一オフィシャルブログ http://winds.sc/blog/nishimura/

西村晃一

試合で緊張しないのは、自分に強い自信があるから

―西村選手は、全日本バレーボールチーム(以下、全日本チーム)のリベロとして数多くの国際試合に出場されていますが、過度の緊張感で思うような動きができなくなったということはありませんか。

「私は、過去に一度だけ緊張したことがありますが、それ以外で緊張して苦しくなったということは一度もありません。試合が始まる前に会場の客席を見て、人がいればいるほどワクワクしてきます。それに24対25といったシーソーゲームで緊迫しているときほど楽しく思えて仕方がなく、この状況がまだまだ続いてくれという感じですね」

―それは性格的なもので、元来緊張しないということなのでしょうか。

「いえ、私はバレーボール以外のことではよく緊張します。たとえば、体育祭でリレーのアンカーとなって待っているときなどは緊張して足がガタガタ震えるくらいですから……。やはり、バレーボールに関しては自分の中に強い自信があるからだと思います。だから、どのような状況であっても『何とかなる』『何とか決められる』というように考えられるのです。
 実は、2年前までスパイカーをやっていましたが、そのときもマッチポイントを迎えたらセッターに、『次は俺にあげてくれ』と言ってトスをあげてもらっていました。普通であれば、ここでミスしたくないという場面なのでしょうが、私の場合、最後は自分で決めたいと思うのです」

―なるほど、西村選手の心の中にある自信は、身長175cmで男子バレーボール界の中では低くても、「ここまでやってきたんだ」という自負もあるのでしょう。ところで、過去に一度だけ緊張されたことがあるということですが……。

「NECブルーロケッツ(以下、ブルーロケッツ)に入って、まだレギュラーに定着していなかったころ、ピンチサーバーとして試合に出たことがありました。ブルーロケッツに入るまでは常時試合に出ていて、試合慣れのようなものがあったと思いますが、そのときはコートに立つのが久しぶりで、サーブを打とうと前を見たときにコートがとても広く見えたり、チームメイトが必要以上に大きく見え、逆に自分がとてもちっぽけに感じたのです。そのときに初めて『あっ、これが緊張というものなんだ』と知りました。やはりそのころのことを思い出して見ると、他人には『この身長ではレギュラーは難しいですよ』と言っていましたが、自分の中では『何が何でもレギュラーを取ってやる』と内なる闘争心を燃やしていました。変な言い方ですが、『だれかがケガでもしてくれたら俺が出られるのに』と思っていたのです。
 他人とは心とは違ったことを口にしていたから、私のそのような闘争心には気づかなかったのでしょうけど・・・・・・。だから急に自分に回ってきたチャンスに対して『ここでいいプレーをすればレギュラーを取れる』という気負いと、『もし失敗してしまったらチャンスを逃してしまう』という不安感が心の中で葛藤していたのだと思います」

―その後、西村選手はそのチャンスをみごとにつかんでレギュラーに定着し、全日本にも入られたわけですから、そのときが西村選手にとっての「ここ一番」だったのでしょうね。出場する試合の大きさではなく、レギュラーを取れるか取れないかの分かれ目となる試合のほうが大きかったということですね。

「そう思います。あのときにダメだったら、もしかすると今の自分はなかったのかもしれません。今後バレーボールを続けていけるかどうかのひとつひとつの節目だったのです。
 国際試合といっても自分がコートの中でプレーできるわけですから、“あのとき”のプレッシャーに比べれば楽ですし、試合に出られる分思いきり楽しもうとも思うのです。選手は試合出場できること自体が幸せなことなので、ポジティブに考えていくことが大切だと思います」

だれかのために頑張ろうと思うと自然に気持ちが高まる

―ところで西村選手は、試合に向けてどのように気持ちを高められているのでしょうか。リーグ戦、国際大会など数多くの試合を行われていると、気持ちが乗らないことがあると思いますが。

「スパイカーをやっていたときは、身長が低い分だけジャンプ力が大切でしたから、その高さが2、3cm違ってもそれは非常に大きなことでした。ですから試合では、練習よりも高く跳ぶんだと自分のモチベーションを高め、実際試合のときには普段よりも5cmくらい高く跳んでる感覚がありました。
 それから、会場へバスで移動する間に映画『トップガン』や『ロッキー』などのアップテンポな曲を聴きながら、今までいちばん感動した、思い出しても泣けるくらいの試合を何度もイメージします。でも、あまり長い時間それをずっと続けていると気持ちが高まりすぎて会場に着くころには疲れてしまうこともあるので、そのときは再度同じことを会場で行なうようにしています」

―もともとアップテンポの曲は気持ちを高揚させる効果がありますが、それに「感動の場面」のイメージを加えるわけですから効果は大きいですね。他に実践されていることはありますか。

「私と同じくらい身長の低い選手がバレーボール界にいて頑張っています。そういう仲間のことやお世話になった人のことを思い出したり、電話したりします。電話といっても、『今から行ってくる』『頼むぞ』といったひと言ふた言のやりとりですが、でもそのひと言で随分気持ちが高まります。
 スポーツは自分のためにやるものですが、だれかのためにも頑張ろうと思うことが、よい意味で自分の気持を高めてくれるのです。自分のためだけだったら妥協が出てしまうかもしれませんが、『だれかのため』ということになるとその人たちを裏切れないと思い、苦しい状況でも踏んばりがきくのです」

リベロになって改めてわかった一本の大切さ

―西村選手は、数年前の世界選手権からリベロとして活躍されていますが、それまではスパイカーだったわけですね。攻撃に参加できないリベロというポジションは、他のポジションと心理的にどう異なっているのでしょうか。

「最初に世界選手権(1998年、東京)で任されたときは、初めてのことでもありますし、思いきってガンガンやろうと思えました。それは挑戦者の気持ちです。でも翌年のワールドカップ(東京)では、まわりの雰囲気も高まりを見せ、その声がよく耳に入るようになりました。また、周囲の目が世界選手権のときよりも、リベロとしての私の働きに期待を寄せていたようで、“邪念”も大きくなっていったのです。
 全日本のチームメイトからの信頼も高まり、自分も必要以上に期待にこたえようとして、『よいところを見せなくては』と気負いすぎたようです。冷静さが失われていて、チームの戦績がいっこうによい方向に転じる兆しを見せないと、『自分がやるぞと思ってリベロになったわけではないんだ』『リベロはなんて過酷なポジションなんだ』というふうに自分ではなく、他への責任転換で紛らわせていました。しばらくして冷静になったときに改めてリベロにとっての一本の大切さが身にしみてきました」

―「リベロというポジションの過酷さ」とおっしゃいましたが、その過酷さを、心理面からとらえるとどうなるでしょう。

「普通の選手であれば、後ろにいる(護衛)のときにレシーブミスをしても、前に行ったとき(前衛)にスパイクを決められれば“プラスマイナスゼロ”にできますよね、心理的にも。周囲も、スパイクが決まれば、その選手のレシーブミスを忘れて盛り上がれます。だから、スパイカーのときにはセッターに、『次は俺にトスを!』と言って一本決めることで、レシーブミスを帳消しにし、気持ちを切りかえるようにしていたのです。でもリベロはレシーブに成功して当たり前で、ミスして落ち込んでもそれを取り戻すためのスパイクも打てないわけです。つまり、レシーブでしか取り戻せないため、他の選手のボールであれ無理して取りにいってしまうのです。早く自分の“汚名”を回復したいという心の表れなのですが、それがまたミスを生んでしまい、さらに落ち込んで深みにはまっていくのです」

「流れ」や「リズム」は自分がつくる

―野球の場合は守備でエラーして落ち込んでも、9回という長丁場の中で打撃によって挽回しようとする選手が多いようです。ミスしたプレーとは全く違うプレーに意識を移せるとよいのですが、ミスしたプレーと同じプレーで気持ちを切りかえようとするのは容易ではありませんね。

「そうですね。私の場合、気持ちがうまくコントロールできるようになったのはVリーグになってからです。それまでは試合に勝つことばかりを重視していましたが、それよりも自分のプレーを着実に行うことを優先したのです。勝つことばかりに意識を置くと、自分のミスがチームの勝敗にどう影響してしまうかをついつい考えてしまいますが、意識を自分だけに向け『あれは自分のミス』と冷静に見られるようになると、比較的心のコントロールもうまくいきます。
 次に大切なのは声を出すことです。普段の生活の中でもよくあることですが、人の輪の中にいるときにボーッとしているよりも積極的に話した方が楽しいし、自分も調子に乗れます。逆に雰囲気に流され会話に参加できないと徐々に人の輪から外れ、周囲の楽しいバレーボールでもいえるのです。さらに無駄な動きでもいいからとにかく動きまわることです。人のレシーブボールなので見ていればよいケースでも、あえてその選手の後ろについたり、あるいはブロックフォローに動いたりするのです」

―そのように動きまわることで、自分の心の中のリズムがよくなり、それがさらに身体の動きをよくさせるという相乗効果もあるのです。

「そうなんです。自分がミスして消極的になり動かないでいると、心も沈みがちになります。
 私は“風”をよんでいるのですが、追い風に乗っている選手は何をやってもうまくいきます。ところが向かい風だと何をやってもうまくいきません。だから、動きまわったり声を出したりするのは、そうやって風向きを変える方法だと思っているのです。そうやってと風向きを変えると心身ともによい状態になり、何をやってもうまくいくようになります。
 それに、ミスをしたときというのは次のボールに対してあれこれと迷いが生じます。だから『次はこっちにきそうだな』と思ったら逆をつかれるのを恐れずに、思ったとおり動いてみることです。プレー中、心の中にわきあがった最初の考えに続いて次々といろんな思考がめぐってきて、ついつい迷わされますが、私の場合、最初に心の中に浮かびあがった考えを大切にするようにしています。迷ったときは原点に戻るというようなことにも通じていると思います。最初のイメージを大切にするようになってから、不思議と動くところにボールがくるようになりました」

―流れが向かい風のときにあえてタイムを取り、“静”の時間をつくり風向きが変わるのを待つ選手も多い中で、あえて“動”によって積極的に追い風に変えていこうというのは、西村選手らしいですね。お話を伺っていてリベロがいかに大変かがわかりましたが、そのポジション任務を遂行するに当たって最も大切なメンタリティーは何だとお考えですか。

「先ほど、自分がスパイカーのときの気持の高め方をお話ししましたが、スパイカーというのはグッと気持ちが高まって『ここは自分が決めてやる』くらいの心の状態がベストだと思います。ですから私がリベロになったばかりのころは、スパイカーのときと同じように気持ちを高めていました。でもこれが失敗だったのです。ピンチのときに突然、心の中で『ここで自分が一発スパイクを決めてやりたい』と、どうしようもない衝動に駆られるのです。一度そうなると気持ちを抑えられなくなるのです。そうなるとリベロというポジションに対して強いいら立ちや無力感がこみあげてきて、集中力が分散してしまいます。だから今は、試合前にはあまり気持ちを高めることをせず、できるだけ平常心を保つようにしています。感情の起伏をなくして、常に一定の気持を維持しています。気持ちが必要以上に高揚してしまうと、スパイクを打つという気持ちをぶつける機会がない分だけ空回りしてしまいます。この心の制御法に最初は随分戸惑いました」

考えられる相手の攻撃パターンをすべてイメージしておく

―ところで、西村選手は一瞬の集中力が非常に優れているそうですが、その方法とはどのようなものなのでしょうか。

「方法というよりも、それは緊迫したゲームの展開のときに“自然に出てくる集中力”で、相手のスパイカーが打つボールがスローモーションのように見えることですね。火事場のバカ力ではないのですが、よく事故のときにすべてがスローモーションに見えるといいますが、まさにそんな感じです。通常なら見えるはずのない相手スパイカーの指先の動きまでもが……。きっと緊迫しているときというのは、すべての神経が一瞬のうちに研ぎ澄まされるのでしょう。その一瞬の集中力と、『さあ、ここは集中していくぞ』と自分に言い聞かせるような集中の仕方では比較にならないほどの差があると思います」

―西村選手はイメージトレーニングのようなことを実践されているのでしょうか。

「小さいころから私には、試合前の寝る前に次の日の一試合を通してシュミレーションする習慣があります。これをするときのイメージは、自分の目から見えるイメージであり、自分が感じる身体感覚のイメージです。これはとてもリアルな感じのものです。私が特に大切に考えているのは、緊迫した場面を念入りにイメージすることです。また、歓声が上がって、一瞬静かになるような会場の雰囲気もイメージします。試合前日以外の日でも、日常的に自分のプレーをよくイメージするため、疲れてしまうことがあります。
 またスパイカーのころは、背が低いこともあってスパイクを打つタイミングが重要でしたから、スパイクするイメージを何度も思い描いていました。それで、イメージの中で『このトスを今のように打つとタイミングが遅れてしまうな』というように修正していました。その差は0.2~0.3秒くらいの微妙なものですが、イメージの中でも十分自分の感覚でとらえることができます。
 また私の攻撃的なフェイントは、背の低い選手が高い選手と互角に渡り合うためにイメージの中で思考を重ねた結果、生まれたものです。そうやってイメージの中で考えた新しい戦法を、実際に練習や試合で実践してみて、その生の感覚をまたイメージの中に戻してさらに技術を磨いていくようにしています」

―スパイカーのときのイメージと同様に、リベロとして相手のスパイカーが打ってくるボールのイメージを思い浮かべることはありますか。

「日ごろはもちろんですが、試合中も毎回レシーブをする前にイメージしておきます。以前は勘でこっちにボールがきそうだなというのをひとつだけイメージしていたのですが、そうすると打たれたときの反射的な対応ができないのです。ですから今は、起こりうるすべての可能性を短時間のうちにイメージしておくようにしています。たとえばコース、スピード、スパイクとフェイント、それにスパイクでも相手がうまくヒットできなかったときのボールなど、相手スパイカーに関する情報から、考えうるすべてのプレーをイメージします。
 これに関しては全日本のストライカーである斉藤信治選手(東レアローズ)にもよく言います。彼は2m8cmの身長がありながら、セッターのトスが少しでもそれてしまうと打てないときがあります。でもそれは彼のイメージの中に『ここにトスが上がる』という一点のイメージしかないからだと思うのです。だから対応できない。リベロに限らずスパイカーも、一とおり発生しうるプレー(アクシデントを含め)をイメージしておく必要があるでしょう」

―そうやって何とおりもイメージしてから自分のポジショニングも考えているわけですね。そのポジショニングで他に意識していることはありますか。

「そうですね、もし自分が右寄りにポジションを取っているときは、右に2、左に8くらいの割合で意識を置くようにしています。体重も同じ割合でかけるようにしています。そうすれば、逆に打たれた場合でも十分に対応できます。しかし、相手のスパイクがとても速い場合(外国選手に多い)には、いくら反対側に意識を残しておいてもボールが速くて対応できません。ですから、反対側にボールが来たときは捨てる覚悟でポジショニングしているほうに10すべての意識を集中させることもあります。またケースによっては、自分の反射神経を信じて左右に対応できるよう中間守備を取ることもありますが、究極的には、相手スパイカーのタイプによって変えるというのが適切でしょう」

―相手に対するポジショニングに加え、味方の選手との絡みぐあいを考えるのも難しいでしょうね。

「サーブレシーブはリベロを含めた後衛の3人に関係してきます。選手と選手の間があいているので、まれに『このボールはどちらが拾うのか?』という迷いも出てきます。たとえば、私が真ん中にいて、右にボールがくるとお互いに譲り合って“お見合い”してしまうことがあります。おかしな表現ですが、ふたりいるから取れないのです。また逆にお互いが『自分が拾う』と考えたらぶつかってしまいます。これは試合前によく話し合っていても難しいところです。だから私は味方の選手の心理やタイプを考えるようにしています。全日本チームでいえば加藤陽一選手(東レアローズ)は、ミスをひきずったままスパイクを打ちたくないという気持ちからか、微妙なところに飛んできたボールはほとんど手を出しません。逆に『さっきのミスをここで取り戻そう』と考える選手は、そのボールに手を出してくるものです。
 私はリベロなので、他の選手よりも広く守備範囲を持つんだという基本的な考えに加え、こうした選手心理やタイプも考えて自分がここで取りにいった方がいいのかどうか判断するようにしています」

《高畑好秀著「成功するメンタル改造術」(主婦の友社)より転載》



メンタルトレーナー高畑好秀プロデュース