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柔道

井上 康生 kosei inoue

シドニー五輪100kg級金メダリスト

1978年、宮崎県生まれ。小学5、6年、中学2、3年時に全国2連覇をなしとげている。東海大相模高校時代は、インターハイ、全国選手権、全日本ジュニアとタイトルを総なめし、高校3年時には全日本選手権初出場。東海大学に進学してからも国内・外の大会に出場、98年アジア大会優勝、99年世界選手権100㎏級優勝、2000年フランス国際優勝、シドニーオリンピック柔道100㎏級金メダル、2001年3月ハンガリー国際大会優勝。同年4月、綜合警備保障に就職し、社会人でありながら東海大学大学院でスポーツ心理学を学んでいる。物事に動じない強い心を武器に大舞台でも大技で勝負する

三井浩二

金メダルが取れたのは、リラックスし、いつもどおりの自分を出せたから

―シドニーオリンピック、すべて「一本勝ち」での金メダル獲得は記憶に新しいところです。今は大学を卒業されて就職し、柔道を続けながら大学院でスポーツ心理学を学ばれているようですが、なぜスポーツ心理学を学ぼうと思われたのか、そこからお聞かせください。

「そうですね、私はオリンピックのような大舞台では、いかに自分の力を出しきれるかが勝負の分かれ目だと考えています。つまり、大舞台では出てくる選手の体力や技術力には大差がないため、そこで何で差がつくかというと“心の力”なんです。心の状態ひとつで自分の力をすべて出しきることができれば勝てると信じているので、それを絶対的にサポートしてくれる心の部分に大変興味があったのです。実際には、メンタルトレーニングを1年もやっていませんし、まだまだその部分をきわめたわけでもないので、よりいっそう勉強していきたいと考えています。」

―メンタルトレーニングを始めて1年以内ということですが、どのようなことに主眼を置いて取り組んできたのでしょうか。

「オリンピックのときに活用したのは、音楽を聴いてリラックスする方法で、特にウォームアップ時に聴いたりしていました。私はもともと緊張しないタイプですが、メンタルトレーニングを実践することでますます緊張しなくなり、リラックスしすぎて眠くなるくらいでした。しかしそうしてリラックスすることでいつもどおりの自分を出すことができ、金メダルが取れたとも思っています。過去の試合を振り返ってみても、平常心でやれているときはよい成績を残しています」

―井上選手は、ご自身をもともと緊張しない選手と分析しているようですが、それは生まれ持ったものと認識しているのでしょうか、それとも過去に大きな転機のようなものがあったからなのでしょうか。

「平常心というか、素のままの自分を出せばよいと考えるようになったのは、ここ最近のことです。なぜそう考えられるようになったのかはわかりませんが、もしかしたら母親の死が少なからず影響しているのかもしれません。母はよく、『康生、自分の力を信じなさい』と言ってくれました。でも思い出してみると、僕は小さいときから大舞台には強いようで、小学5、6年生、中学2、3年生で全国制覇を成し、世界大会でも勝ってきているので、そう考えてみると大きな大会になればなるほど、緊張しなかったという印象はあります。父からも『お前は、大きい大会になればなるほど、いい柔道をしてきた』と言われるので、実際にそうした生まれついてのものを持っているのかもしれません。小さいころから、自分よりも身体の大きな選手や強いといわれるような選手と戦うのが大好きでしたし、稽古でも試合でも戦いたくてしかたがなかったんです」

―普通は全く井上選手の心理的なパターンとは逆になる傾向にあるものですから、おっしゃるとおり生まれついてのものかもしれませんね。もともと天性のものを、最近になって論理的に理解するようになったということなのでしょうか。
お母さんの話も出ましたが、やはりシドニーオリンピックのときも、心の中での存在は大きかったのでしょうね。表彰台でお母さんの遺影を高らかに掲げる井上選手の姿は非常に印象的でした。画面で見る限り、何かがふっきれたような表情だったのですが、優勝を果たしたあのとき何か心理面での変化が生じたのでしょうか。

「私の帯には母親の名前の刺繍が入れてあって、いつも自分の側で見守ってくれているんだろうなと感じていました。でもそれ以上に、『あとは自分の力を信じるだけ』という気持ちが強かったように思います。

 自分の中に母親を“世界一の母親”にしたいという気持ちがずっとありましたし、金メダルを取ることだけを目標にずっとやってきたので、『ああ、よかった』と終わってホッとした気持ちだったように思います。オリンピックは周囲からのプレッシャーもあって、大会前から周囲の人々の声援やマスコミによる取材も盛んでしたが、私自身はそういうことに対してもトレーニングをしてきたので、あまり気にせず目標だけに向かって進むことができたように思えます。自分が、好きで柔道をして、自分のためにやっていることなのだから常に考えながら打ち込んできましたが、無意識のうちにそういう周囲からの圧力に影響されたのでしょうか、終わったあとは解放された、何か許されたような安堵感がありました」

勝つためには攻めつづける以外にない

―ところで、次の目標のことを考えられるようになったのは、いつごろからなのでしょうか。

「日本に戻ってきてからは、お盆をひっくり返したような騒ぎが続き、マスコミや日本中の人たちが騒いでいる中、『僕はまだ22才だし、きっとこれからなんだな』とどこか冷静に受け止めている自分がいたように思います。でもこれからは自分が他の選手から目標とされるし、今まで以上に研究や分析もされるので、厳しい戦いになってくると思います。それに、金メダリストである自分に対する周囲の見方も変わるだろうし、今まで以上の目標を自分の中につくらないとこれまでの自分は乗り越えられないという気持ちになりました」

―それと同様のことを以前、吉田秀彦さん(現明治大学柔道部監督)に尋ねたところ、次のようなことを語ってくれました。
「バルセロナで金メダルを取ったとき、自分では金メダルを取るのは早すぎたと思いました。負けられないという気持ちが強くなって追われる立場のプレッシャーが大きくなり、周囲の人たちも勝って当然という目で見てくるので心理的にとてもつらかった」。
そこで、バルセロナ以降、階級を上げて新鮮な気持ちで柔道を続けたそうです。その吉田さんは、いわゆるポイントを常に頭の中で計算して“勝つための柔道”を思い描いて戦ってきたそうですが、井上選手は見ている限りではすべて一本勝ちをねらっているようです。そこで伺いたいのですが、井上選手は柔道における戦術・戦略をどのようにとらえているのでしょう。

「吉田さんのように、勝てば勝つほど選手というのは頭の中で計算してしまうものだと思いますし、試合のある部分をコントロールできるようになるのも必要なことかもしれません。当然予想される対戦相手の分析は必要です。でも私が試合中の計算をしすぎたときには、多分勝てなくなるときだと思います。

私は、勝つための柔道をするには、攻撃しつづけるしかないと考えています。攻撃していくことで一本勝ちする可能性も高くなっていくはずですから、意識としては一本をねらいにいくというよりも、常に攻撃を仕掛けていくという感じです。私は自分が挑戦者という気持ちがあれば、ずっと攻めの心理で戦えると思っていますし、コーチからも試合前には『挑戦者の気持ちを絶対に忘れるな』とよく言われます」

―相手との相性や、体型によって異なってくると思いますが、得意技での一本というのは、ほぼ最初からねらっているものなのでしょうか、あるいは試合の流れの中でとっさに出るものなのでしょうか。

「得意技というものは、試合中なんとなくとか、突然出てくるものではなく、毎日の稽古の積み重ねによって磨かれ、いろいろな選手に対応できるようになっていくものだと思います。私は、常に試合で特別のことをしようとは思っていませんし、普段練習している自分をすべて出せばよいと思っており、それで負けてしまえば自分の実力が足りなかったと割りきるようにしています」

―日々の稽古で技に磨きをかけることは大切ですね。その得意技に持っていくまでの相手との駆け引きやトラップをシュミレーションされたりもするのでしょうね。

「そうですね、稽古の中ではよくあれこれ考えますよ。実践で使えるかどうかはわかりませんが、いろいろなパターンをやらない限りは試合で突然できるということはありえません。シミュレーションというほどではありませんが、ヒトの基本的な反応パターンなどから考えうる動きを網羅し、そこから得意な姿勢、ひいては得意技の内また、大外刈り、背負い投げに持っていくにはどうしたらよいかなどを考えたりもします。基本的には、その応用と繰り返しということになります」

―相手の動きが予定していたとおりに進んでいくと、その先には井上選手の得意技があるという流れになるのでしょうか。ところで“心理戦”のように、心を読み合うようなことも柔道にはあるのでしょうか。

「柔道のように1対1の競技というのは、相手をだますということも時には必要なのかもしれません。しかし私は、基本的にそうしたことは嫌いなので、技のシミュレーション以外に、戦術的に“心”を使うようなことはありません。

ただ、選手によってはマスコミ等の取材を利用して、『○○選手を多角的に分析して弱点を見いだしました』などと言うことで、相手を動揺させるような手法を使う選手もいます。またある選手では、試合前のウォームアップ時に近くに寄ってきて『やってやる、絶対やってやる!』と聞こえるように言うようなこともあります。ただ私は、自分からそのような心理作用を使いませんし、それに乗るようなこともありません。陽動戦術のようなことに対しても、『またやってるな』という感じで冷静に受け止めています。それに、相手が言えば言うほど、逆にどんどん冷静になっていくタイプのようです。そうした陽動戦術は、個々の選手の性格まで十分に踏まえていなければ、私のように逆効果になるケースもあるようです」

―柔道は1日に何試合も行いますが、その長丁場の中でどのように集中力を維持しているのでしょうか。

「1試合終わると、次の試合までに多少なりとも時間があります。その間も緊張感や集中力を高いレベルで保っているということはありません。1試合終わったら1回はリラックスして、次の試合が近くなってくるあたりから徐々に気持ちを高めていき、試合前にひとつのピークがくるようにして、またその試合が終わってリラックスするというパターンを繰り返しています。とにかく朝から夕方までずっと集中力や緊張感を高いレベルで維持するというのは不可能だと思いますし、そう努めることはありません。

 そのリラックス法として音楽を用いたり、コーチと話したりすることが私には合っているのです。こうした心理面の適度なメリハリがオリンピックのときにはうまくいったような気がします。日本の大会では、なかなかそのようなことはありませんが、オリンピックやヨーロッパの大会では、準々決勝までの間に長い休憩が入るので、心理的ストレスに感じたり、疲労感すら覚えたりして、身体が動かなくなるという話を聞いたので、そこをどううまく乗りきれるかが僕にとっても大きな課題でした」

ケガをしたときは、あせりや不安をコントロールする方法を見いだす時間にあてる

―ケガや、マスコミ対応などで十分に稽古できないときにはある程度不安が出てくると思いますが、そうしたときにどう心理面をコントロールしてきたのでしょう。

「近ごろは大きなケガはないので問題はないですが、ただ稽古を長く休まざるを得ないようなケガをしてしまった場合でも、ふさがずなるべくよい方向に思考を持っていくことができれば、選手心理を学ぶことができるチャンスだと思います。私は稽古をやった分だけ自信につながるほうなので、逆に稽古ができないと不安になります。ですからケガをしたときには気分的にはかなり落ち込むし、何をしたらよいのかという不安の心理に駆られ、他の選手が一生懸命稽古をやっているのを見ればあせりの気持ちがわいてきたりもします。しかし、そうしたあせりを中心とした心理状態のときに、どのようにコントロールしていけばよいのかを考え、勉強しておけば、試合のときの不安やあせり、落ち込んでしまったときに対応するためのノウハウとして活用することができると思うのです」

―今まで1年弱、メンタルトレーニングに取り組まれてきた井上選手ですが、今後大学院で本格的に勉強されていかれると思います。そこでのテーマのようなものはありますか。

「指導者という存在に強い抱負があります。だから今選手である自分にとっては、いかに試合のときに持てる力を出しきれるかが大切ですが、同時に指導者への道を希望している自分にとっては、いかに選手に持てる力を発揮させることができるかということも学んでいく必要があると思います。私はそうではないですが、緊張して全く思うように柔道ができなくなるという選手を数多く見てきましたし、必死に稽古し、好きな柔道をやっているにもかかわらず、緊張やプレッシャーで自分の力が出せずに終わってしまうというのは、とても寂しいことですし、もったいない。そういう思いだけは、私自信絶対にしたくないし、自分が指導者になったときには選手たちにもさせたくないと思っています」

―でも井上選手は、もともと緊張しないタイプなので、逆に緊張しすぎてします選手のことがうまく理解できないということもあるのではないでしょうか。

「よく他の選手やコーチの方からも、『普通は、なかなか平常心を保ってできるものでもないんだよ』と言われることがあります。実を言うと、私にはその気持ちがよくわからないばかりか、なぜ自分が平常心を維持できるかもはっきりと理解しているわけではないんです。

 私の兄も柔道をやっていますが、彼が緊張しているときに私が、『なんでそんなかたくなっているの? 自分の力を出せればいいじゃないの』と言ったことがあります。すると、兄からは『そんなにうまくいかないのが普通なんだぞ』と言われました。今自分が選手として大会に出場している分には比較的簡単にできますが、それを教えるというのは本当に難しいことだと思います。単純に言葉で伝えようとしても、十分に相手には伝わるものでもないので、これからは指導法についても学んでいきたいと思っています」

≪高畑 好秀著「成功するメンタル改造術」(主婦の友社)より転載≫



メンタルトレーナー高畑好秀プロデュース